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広島高等裁判所 昭和27年(ネ)191号 判決 1954年3月22日

控訴人 小川磯吉

訴訟代理人 竹内俊平

被控訴人 秋穂二島農業協同組合 代表者 中田喜熊

訴訟代理人 辻富太郎

主文

原判決中控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、小川梅弌、末富貞市、富重哲郎と連帯して七七、二〇四円及びこれに対する昭和二六年八月三〇日から完済にいたるまで年五分の割分による金員を支払わなければならない。

被控訴人の控訴人に対するその余の請求を棄却する。

被控訴人と控訴人との間に生じた訴訟費用は、これを三分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人反訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、(A)被控訴代理人において、(一)被控訴人は、控訴人外四名から本件切干甘藷二、〇〇〇貫を自己の名において買受けて政府に売渡し、政府から控訴人に支払つたと同額の代金六一八、四四〇円を受領した。(二)被控訴人は政府(食糧管理庁長官)と被控訴人の委任した山口県生産販売農業協同組合連合会から復委任された全国販売農業協同組合連合会との間に、昭和二四年四月一日締結された売買契約によつて、売渡藷類の代金に過払があつたときはこれを生産者(供出者)から徴収して政府に支払わなければならないことになつているので、本件においても、供出者たる控訴人に過払金の返還を請求したのであるが、同人においてこれに応じなかつたので政府に返納しないでいたところ、政府は昭和二六年三月二六日右売買契約の条項に基いて被控訴人の受任者たる山口県生産販売農業協同組合連合会に対し、四〇八、四四〇円の超過供出代金とこれに対する同代金支払日から同年二月二三日までの年五分の割合による利息三八、一七二円との合計額四四六、六一二円を政府に納入すべきことを命じ、同連合会は即日これを納付して被控訴人に対してその支払を請求したので、被控訴人は、同年五月三一日右四四六、六一二円にその後利息六、四六八円を加えた四五三、〇八〇円を同連合会に支払つた(右の利息六、四六八円は被控訴人の支払遅滞によつて生じたものであるから本訴請求から除外する)、即ち本件過払金を政府に返還すべき義務者は被控訴人であつて、被控訴人はこの義務の履行として前記の返還をしたのであるけれども、被控訴人をして右の返還をしなければならなくさせたのは控訴人等の不法行為に外ならないから、返還金のうち四四六、六一二円に相当する金額を損害金として請求する次第である。(三)被控訴人は控訴人に本件不法行為につき故意があつたと主張するのであるが、仮に故意がなかつたとしても、控訴人は二〇年余の間小学校教員をしたことのあるものであり、本件当時仁光寺部落の生産組合長、部落会長、被控訴組合運営委員兼信用評定委員をしていた者であつて、常人以上の注意能力を有していた上に、右の如く被控訴組合の要職にあつたから、同組合の利害関係については深い注意を払つていたものというべく(従来は苟も被控訴組合の利害に関する事柄については最大洩らさずその意見を吐露する程の注意を払つていた)、又小川梅弌は控訴人の甥ではあるけれども兎角素行の修まらない者であつたので、警戒して容易に欺かれる筈はなかつたのであるから、少くとも過失があつたものというべきである。(四)仮に控訴人に不法行為上の責任がないとしても、控訴人は被控訴人から本件切干甘藷代金として六一八、四四〇円を受領したのであるから、その処分の如何に拘らず超過供出代金たる内金四〇八、四四〇円を法律上の原因なくして受領し、よつて被控訴人に同額の損害を蒙らせている筋合なので、これを不当利得として被控訴人に返還すべきことを請求すると述べ、控訴人の抗弁に対し、(一)被控訴人の被用者たる富重哲郎に故意があつたとの事実はこれを争う。(二)被控訴人が本件切干甘藷代金全額を一通の小切手をもつて控訴人に支払つたことはこれを認めるけれども、右は控訴人の要求によつてしたものである。即ち被控訴組合は、各供出名義人の当座預金台帳に夫々の供出代金を記帳してその整理をすましていたところ、控訴人から代金全額の一括交付を要求されたのでこれに応じた次第であつて、組合事務処理上の過誤を侵しておらずもとより故意も過失もなかつたと述べ(B)控訴代理人において、(一)被控訴人が当事者として本件切干甘藷の供出を受けたものであること、並びに一般に本来超過供出でない切干甘藷を超過供出として売渡しその代金の授受があつた場合には、過払金を受取つた供出者においてこれを指定業者に返還し、指定業者がこれを政府に返還すべきものであることは何れもこれを認める。(二)控訴人は田舍に住む老人のこととて世情にうとい上に、被控訴組合の有力職員(供出係主任)たる富重哲郎において小川梅弌が控訴人に告げたとおりに本件切干甘藷の受入手続をとることを承知したので、たやすく小川梅弌に欺されたのであつて、欺されるのが当然であり何人を控訴人の地位においても小川梅弌の言を信じたものと思われるから、控訴人には全く過失がない。(三)仮に控訴人に過失があつて不法行為上の責任を負うべきものとしても、その責に任ずべき損害額は控訴人供出名義の切干甘藷四〇〇貫の代金一二三、六八八円の範囲内に限られるべきものである。(四)仮に全代金についてその責に任ずべきものとすれば、控被訴人は、その事務処理上本件供出代金を供出名義人五名に各別に支払わなければならないことになつているのに、これに違反し且つ他の供出名義人四名の申出がなかつたに拘らず同人等にはかかることなく、無権限の控訴人に全代金を一通の小切手をもつて一括して支払つたのであつて、右は被控訴人又はその被用者の故意が少くとも過失に基いたものというべく、これがため控訴人をして他の供出名義人四名分の代金をも小川梅弌を介して大村忠雄に交付せざるを得ざらしめて、その損害額を増大させたのであるから、この点について過失相殺を主張する。(五)前記富重哲郎は、本件切干甘藷が供出名義人たる控訴人等によつて生産されたものでないことを知りながら供出受入手続をしたのであるから、故意による共同不法行為者に外ならないのでその使用者たる被控訴人に対して過失相殺を主張すると述べた外、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

証拠として、被控訴代理人は、甲第一、二号証、同第三号証の一、二、三、同第四、五、六号証を提出し、原審における証人大村忠雄、同西村歌一の各証言並びに控訴人及び原審相被告小川恒二、中川吉之助、中川才助、富重哲郎、小川梅弌、被控訴組合代表者中田喜熊各本人訊問の結果を援用し、乙第一、二号証は不知、その余の乙号各証の成立を認めると述べ、同第三号証の一乃至五を援用し、控訴代理人は、乙第一、二号証、同第三号証の一乃至五を提出し、原審における証人小川隆夫、当審における証人小川梅弌の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

原審における証人西村歌一の証言と被控訴組合代表者中田喜熊訊問の結果とによると、被控訴人は食糧管理法による指定業者で政府との契約によつて主要食糧の買受若しくは売渡を受託しているものであることが認められる。

そして、原審における証人大村忠雄、同小川隆夫の各証言並びに控訴人及び原審相被告富重哲郎、小川梅弌各本人訊問の結果、当審における証人小川梅弌の証言を綜合すると、大村忠雄、末富貞市、小川梅弌の三名は、当時藷公団防府支所主任をしていた大村忠雄が業務上保管していた同公団所有の切干甘藷二、〇〇〇貫を擅に持ち出し、生産者の超過供出なるが如く装つて指定業者に売渡し、超過供出代金名義の下に不法に金員を取得しようと企て、共謀の上、大村忠雄は右切干甘藷の持ち出しを、小川梅弌は売渡すべき指定業者と供出名義人とを物色することを分担し、小川梅弌において、指定業者たる被控訴人の非理事者たる職員で主要食糧の供出受入事務を担当していた富重哲郎に対し、「藷公団の赤字を埋めるため同公団所有の切干甘藷二、〇〇〇貫を叔父(控訴人)や親類の者が供出したようにして出すから買受けてくれ」との旨を申向けてその承諾を得、又控訴人に対し、「藷公団の赤字を埋めるため同公団所有の切干甘藷二、〇〇〇貫を被控訴人に売渡したいのだが、同公団は生産者でないからその名義を以て供出することができないので、控訴人及び小川恒二、中川吉之助、中川才助、山本鶴松の五人の名義で被控訴組合へ超過供出として売渡したことにしてくれ、被控訴組合とは話しがついているから同組合の富重哲郎に供出申込書を渡せば判る」との旨を申向けてその承諾を得たこと、控訴人において右小川梅弌の申出どおり右五名を前記切干甘藷の超過供出名義人とした買受申込書を作成して前記富重哲郎に交付したこと、かくて昭和二四年四月上旬頃前記切干甘藷二、〇〇〇貫が大村忠雄によつて藷公団防府支所から持出され、小川梅弌の手引によつて被控訴組合に運ばれ、右富重哲郎によつて前記五名の超過供出として被控訴人に買受けられたこと、被控訴人は右切干甘藷を政府に売渡し政府から代金を受取り同年同月中旬頃この代金六一八、四四〇円(うち二一〇、〇〇〇円は普通代金として、その余の四〇八、四四〇円は超過供出代金として)を一通の小切手をもつて控訴人に支払い、控訴人は同小切手を直ちに小川梅弌に交付したこと、控訴人並びに富重哲郎は前記行為をなすにあたつて被控訴組合理事者に全然相談、報告等をしなかつたことが認められ、原審における証人西村歌一の証言によると、当時被控訴組合の理事者は右切干甘藷の買受並びに代金支払の事実を知らなかつたことが認められ、又右西村歌一の証言に原審における被控訴組合代表者中田喜熊訊問の結果、成立に争のない甲第一、二号証、同第三号証の一、二、三、同第四、五号証を綜合すると、前記不正事実が発覚し、昭和二六年二月頃被控訴人は政府(食糧管理庁長官)から政府と被控訴人との藷類の売買に関する契約に基き、前記超過供出代金四〇八、四四〇円を供出者から取戻して政府に支払うべく要求され、控訴人にその返還を請求したのであるが、控訴人においてこれに応じなかつたのでこれを政府に支払えなかつたこと、その後昭和二六年三月二六日政府は被控訴人の受任者たる山口県生産販売農業協同組合連合会に対し、前記契約にもとずき右超過供出代金とこれに対する支払日から同年二月二三日までの年五分の割合による利息三八、一七二円との合計額四四六、六一二円の支払を請求したので、同連合会は即日これを政府に支払い、被控訴人に対して右金員とその後の利息の支払請求をしたこと、被控訴人が右契約の条項により同年五月二二日右連合会に対し前記金員と同年二月二四日以降の利息六、四六八円との合計額四五三、〇八〇円を支払つたこと、これがために被控訴人が少くとも前記の四四六、六一二円の損害を蒙つたことが認められこれを左右すべき証拠はない。

控訴人は、藷公団防府支所主任大村忠雄から小川梅弌を介して「同公団は近く解散するが、赤字があつて清算が困難なので、手持の余剰切干甘藷を処分して赤字をうめることに政府の方針が定まつているから」とてこれに協力を求められたので、これに応じて供出者名義を貸与し小切手を被控訴人から受取つて大村忠雄に交付したに過ぎないと主張するけれども、右公団の解散、清算、切千甘藷を処分して赤字をうめることが政府の方針である旨を告げられたこと、控訴人が右の告知により政府に協力するために前認定の行為をなしたものであることは何れもこれを認むべき証拠がないから、右の主張は採用できない。

以上の事実によると、大村忠雄、末富貞市、小川梅弌の三名は故意による共同不法行為者であることが明白であり、富重哲郎は、主要食糧の買受若しくは売渡を受託していた指定業者たる被控訴人の職員で主要食糧の供出受入事務を担当していたのであるから、右の行為による結果を認識してこれをなしたものと認めるのが相当であるから、同人も亦故意による共同不法行為者と認むべきである。而して控訴人は、原審における証人西村歌一の証言並びに被控訴組合代表者中田喜熊及び控訴人本人訊問の結果によつて認められる如く永年教育界に身を置いた所謂有識者であつて、本件の直前迄居住部落の生産組合長、被控訴組合運営委員会委員などをしていたのであるから、仮令小川梅弌からさきに認定したとおりのことを申向けられ、被控訴人の職員たる富重哲郎において小川梅弌の言葉どおり受入をすることを承認したがために本件行為をなすにいたつたものであつたとしても、生産者でない藷公団所有の本件切干甘藷を控訴人等が生産したものとして超過供出として売渡し得ないものであること、従つて又被控訴人においてもこれを超過供出として買受け得ないものであること並びにこれがため如何なる結果を招来すべきかは少しく注意を払うことによつて容易に認識し得たものと認めるのが相当であるから、同人の前記行為は同人の過失に基いたものと認めるのが相当である。

被控訴人は、控訴人に故意があつたと主張するけれども、控訴人が本件切干甘藷の全代金を一通の小切手をもつて受取りその全部を小川梅弌に交付した事実をもつてしては到底控訴人に故意があつたものとは認めがたく、その他の証拠をもつてしても右の主張を認めることはできない。

控訴人は被控訴人に於て大村忠雄と共謀の上控訴人が供出したものでないのに供出した如く作為してその代金を控訴人を通じて大村忠雄に支払いもつて控訴人を欺罔したものであると主張するけれども、被控訴人が本件不法行為を全然知らなかつたこと並びに控訴人がさきに認定した事実を承知してこれに関与したものであることは前認定のとおりであるから、右の主張は理由がない。

そうすると、控訴人はその過失ある行為によつて本件不法行為に加工したものというべきであるから、大村忠雄、末富貞市、小川梅弌及び富重哲郎と共同不法行為者として同人等と連帯して、被控訴人に生ぜしめた損害を賠償すべき義務を負担するものといわなければならない。

そこで進んで控訴人の負担すべき損害額について検討するに、先づ、控訴人はその責に帰すべき損害額は控訴人供出名義にかかる四〇〇貫の代金の範囲内に限らるべきであると主張するので考察するに、本件切干甘藷の買受申込書を作成して被控訴人の職員たる富重哲郎に交付した者が控訴人であることはさきに認定したとおりであり、原審における控訴人本人訊問の結果によると、控訴人は小川梅弌の依頼があると他の供出名義人四名にはかることなく全く単独で右の行為に及んだものであることが認められるから、仮令控訴人が小川梅弌において右四名の了解を得てくれたものと信じたとしても、控訴人一人によつて本件二、〇〇〇貫の切干甘藷の供出申込がなされて買受けられたものである以上、控訴人において二、〇〇〇貫全部についての損害を負担すべきことは、因果関係上並びに連帯責任上当然の事理に属するものと認められるから、右の主張は理由がないものというべきである。

次に過失相殺の主張について考察するに、民法第七二二条第二項にいうところの被害者の過失は、ひとり損害賠償請求権者たる被害者の過失のみを指すものではなくて、同人の被用者に故意か過失がありそれが社会通念上被害者の過失と同視すべき場合をも含むものと解するのが相当である。けだし、同条項は損害の衡平なる分担をその立法の趣旨としているものと認められるからである。ところで、富重哲郎が故意による不法行為者であること、同人が被控訴組合の非理事者たる職員(被用者)であること、本件切干甘藷の買受け売渡し並びにこれに伴う代金の授受が被控訴人の業務としてなされたものであること、被控訴組合の理事者が当時右の事実を全く知らなかつたことは既に認定したとおりであり、被控訴人が富重哲郎の選任監督について過失がなかつたことはその全立証をもつてしてもこれを肯認し得ないから、富重哲郎の故意を被控訴人の過失と同視するのが相当である。

なお、控訴人は、本件切干甘藷代金を一括して控訴人に支払つたことは被控訴人がその被用者の故意か少くとも過失に基いたものであり、ために損害額が増大した旨主張するので考察するに、供出代金が原則として供出者に各別に支払わるべきものであることは被控訴人の明らかに争わないところであるけれども、さきに認定したとおり本件切干甘藷の売渡は正規の供出でない仮装供出であつて控訴人外四名は供出者でない単なる供出名義人に過ぎなかつたのであるから、その代金は供出名義人たる控訴人外四名に各別に支払わるべきであるというようなことはもとより考えられてをらず、全代金の一括支払を受くることは控訴人の希望したところであつたものと認めるのが相当であつて、前記原則の適用のない場合であると認められるから、控訴人の右の主張は理由がない。

よつて、控訴人の過失と被控訴人の被用者富重哲郎の故意との比較、両者の本件不法行為における地位関与の程度等を斟酌すると、控訴人は被控訴人の蒙つた損害四四六、六一二円のうちその請求にかかる二三一、六一二円の三分の一たる七七、二〇四円とこれに対する本件訴状送達の日の後たること記録上明白な昭和二六年八月三〇日から完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による金員を、小川梅弌、末富貞市、富重哲郎と連帯して、被控訴人に賠償すべき義務かあるものと認むべきである。

そうすると、その余の争点について判断をするまでもなく、被控訴人の請求は右の範囲において正当なのでこれを認容すべきであるがその余は理由がないのでこれを棄却すべきものである。よつてこれと趣を異にした原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九五条を適用し、仮執行の宣言はその必要がないものと認めてこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 大賀遼作 裁判官 鳥羽久五郎)

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